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よっぱ、酔っぱ。ただの酒飲みでよっぱなヲイラの戯言です。

眺望をひらく 1&2

Category : ぼやき

京都新聞で3月3日から5回連載予定で特集が開始された。
第1回目、2回目の記事を紹介する。

【ここから続き】

2007年03月03日京都新聞

眺望をひらく 京都市新景観政策を問う 1 保全へ「犠牲」やむなし 京都経済同友会代表幹事 渡部 隆夫 氏

「山紫水明」。これが京都の命。どこからでも山が見え、147万人が住む都市を流れる鴨川も清い。眺望をさえぎる大きな建物もない。これが京都市の原点であり、なくなればほかと何も変わらない普通の街になってしまう。

鴨川の三条から四条のあたりで西を眺めるとビルが立ち並んでいるのが見える。潤いのある環境とは違う。このままだと景観がますます壊れる。今、止めないといけない。皆そう思っている。

壊れゆく町並みを前に、効率を優先した経済界にも反省点がある。内心では「屋上に大きな看板はよくない」「町屋は大事にせなあかん」と思いながら、「自分(の会社の経営)だけが何とかよければ」と思っている間に京都の景観は崩れた。

効率優先で何をやってもいいのではない。日本人の心の故郷である京都の保全は、われわれ京都人がやらねばならない。京都の経済界もそう気付いた。反省も込めて、自己犠牲も多少やむなしかなと思っている。

こうした思いから、同友会は2002年に「歴史的都市の保全は国家的課題」とする内容の緊急提言をまとめた。経済界の意見として、「もう一度やり直そう」となった。ここから京都市が京都創生に動き、景観法の制定にもつながったと自負している。

新景観政策は、100年後を見通した勇気ある提案だと思う。わたしたちの提言が新政策の条例案に結びついた面もある。ぜひ頑張って景観保全を進めてほしい。

同友会の中でも賛否はある。しかし、これからは効率ではなく公益優先でなくてはならない。景観法にもある「美しく品格のある国土」は、単に総論賛成というだけでは実現しない。負担は皆でしていこうという考えだ。ただ、活力のない街には繁栄はない。山紫水明の落ち着いた街に住みたい人が旧市街地を選ぶなら、効率を求めて新産業で活性化をしたい企業は市南部の高度集積地区に集まる、という使い分けがあってもいい。

市は「新都市の景観はこうだ」という案を示していくべきだ。例えば、同友会が構想する350メートルタワーをシンボルに、周辺は高さ60メートルのビルでそろえる。そこに進出する企業が見習うようなデザインの建物として京都市役所がある。そんな模型も作って欲しい。ビジョンが魅力的なら世界中から投資の動きが出てくる。

また、政策への理解が広まっていないとの指摘もあるが、京都市民には「言わずもがな」という意識があるのではないか。大都市でも長期的には人口が減少していく。高層マンションをどんどん建てるようなまちづくりが果たしてふさわしいだろうか。新時代への予感を感じ取るのが早い京都市民はこの点に気付くのも早いはずだ。



なんかね…。
思いっきり上から物言ってるよな…。

「経済界の意見として、「もう一度やり直そう」となった。」って、経済界が京都市を作っているとでも?まっ確かに桝本市長は「経済界のお飾り」と言われてるから、まんざら間違いでも無いんだろうけど、ほな市民は関係無しですか…。

っで350メートルのシンボルタワー??????

45メートルが31メートルに変更されようとしている時に、「周辺は高さ60メートルのビルでそろえる。」??????

そんな構想をお持ちの方が考える景観って何ですか??????

経済界が「もう一度やり直そう」と思われたのなら、先ず経済界の方のビルを低くして、看板外して、それこそ町家に本社を置くとかすれば如何ですか?っで、環境問題にも積極的に取り組んで、お抱えの運転手が親方待ってる間、エンジン掛けっぱなしってのぐらい指導されたらどうですか?

「京都市民には「言わずもがな」という意識があるのではないか。」って町内会の宴会とちゃいまっせ。行政でっせ。行政には説明責任ってものがあるでしょ。「言わずもがな」で通用するのなら、それこそ議会も必要無いし、議員も必要無いですわ。なぜ1万人の署名が集まってるのか考えてみたら?

まったく、経済界の方って明らかに市民とは視点が違うんだよな。

つう事で「はい消えた!」



2007年03月04日京都新聞

眺望をひらく 京都市新景観政策を問う 2 100年の大計、急がずに 京都府宅建協会長 野口 一美 氏

わたしたちは京都の景観を守ることに大いに賛成であり、決して業界のエゴで反対しているのではないことを、まず申し上げたい。ただ、今回の新景観政策はあまりに唐突で、しかも、よく調べると、住民の建て替えに大きな制約がかかり、資産価値の低下も招きかねない。市民に十分な説明がないまま、果たして、成立していいのか、と問いかけている。

昨年11月に公表された素案を見て、驚いた。例えば、ケラバ(こう配屋根の端の部分)の30センチ以上の義務化。市内の住宅の5割以上が90平方メートル以下の狭小宅地で、隣接家屋との境界も狭い。建て替え時にケラバ確保で建物は小さくなる。同じ床面積を確保するには、敷地を広げる必要があり、試算では費用が2割も高くなる。また、植栽面積基準も、敷地300平方メートルが基準だった。100坪の大きな住宅が市内に一体どれだけありますか。基準に合わない「不適格建物」は担保価値も下がる。失礼な言い方だが、実態を十分に考慮していない「机上の案」としか言いようがなく、業界として声を上げた。

結局、京都市はケラバや植栽面積基準などデザイン規制を中心に「原則として」とか、「努力義務」などの言葉を入れ、規制を緩和した。このことは評価できるが、ただ、「原則だから基準に従え」と行政指導することも十分に想定される。役所は担当がころころ変わるので、統一した指導になるのか心配だ。

高さ規制強化も、中心市街地のいわゆる「田の字」地域では、幹線道路沿いは45メートルから31メートルに引き下げ、さらに、住居の多い幹線道路の内側は31メートルから15メートルに下げるという。景観保全では「三山の眺望」をうたっているが、沿道に建つ建物が壁になって内側から、「大文字」は物理的に見えない。

市長の言う「忍びよる破壊」とは一体どこを指しておられるのか。不適格建物に対する金融機関の融資も「問題はない」と市は言うが、われわれが銀行に尋ねると、「ローンは認めない」との声も聞く。こうした疑問や不安に答えるのが行政の責務だと思う。

京都は、古いものを残し、新しいものを取り込んできた歴史がある。何を保存し、新しく変えるのは何なのか。京町家だって、残すための手厚い行政支援が必要だろうし、鴨川からの眺望は市民の財産だ。京都駅の南側は規制緩和して高層ビル群をつくってもいいと思う。メリハリのある都市計画こそ、「進化する京都」が生まれ、これが京都の真髄だ。それを一気に規制する手法は、いかがなものかと言いたい。

新政策の導入で、町の活性化をそぎ、衰退してしまうというのがわたしたちの主張だ。ただ、別の意見も多い。100年の大計を決める大事な問題だからこそ、急がず、少なくともあと1年は議論してから賛否を求めて欲しいとの訴えは、間違っているだろうか。




うん。こっちは何ら異論は無い。正論だと思う。これまでヲイラが言って来た事と同じ部分が多いし賛同できる。

曖昧な修正案も誰に対して曖昧なのかって言えば、決して市民に対してでは無く行政に対して。様々なケースに柔軟に対応できるよう曖昧にしているのでは無く、行政が好きなように運用できるように曖昧にしているだけ。

不適格建物に対する金融機関の融資についても行政がどう言おうと実際に融資する金融機関が駄目なら駄目なんだし。行政が金融機関に「融資しろ!」と命令しても、担保価値が無いと判断すれば無理でしょ。行政が保証人にでもなるのなら、そら別ですけど、それも税金が使われる事になるんだし無理ですわな。

「あと1年は議論してから賛否を求めて欲しい」ってのは、ちょい微妙。1年が長いのか短いのか、ちょいと判断できませんわ。1年かけて議論しても、その内容がどれほど公開されるのか?どんな方法で公開するのか?って事考えたら「1年議論しました」って既成事実作って終わる場合もあるし。

市長が政治生命かけるって言ってるけど、どうせ今期で終りなんだし、あんまり重く無いよな。いっそ、市民投票して否決されたら廃案で、市長は責任とって辞職それぐらいするのならわかるけどね。廃案にならないよう行政は説明を尽くすだろうし、問題点は修正するだろうし。って甘いか…。下手に説明したらボロ出て自滅か…。

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