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桂小五郎もびっくり!? 歴史“捏造”旅館にご用心 No2

Category : 幾松 (いくまつ IKUMATSU)

後編がアップされました。


【ここから続き】

桂小五郎もびっくり!? 歴史“捏造"旅館にご用心(後編)

日刊サイゾー

桂小五郎もびっくり!? 歴史“捏造"旅館にご用心(後編)

まず、京都検定のテキスト本である『京都・観光文化検定試験公式テキストブック』をつくっている淡交社・編集部の方にお話を伺ってみた。

「桂小五郎と幾松の逸話については諸説ありますが、どれも確たる証拠はありません。だから、一般的に主流であるという程度の認識で、『桂小五郎こと木戸孝允の妻となった松子が住んだ料亭幾松』と載せています。『幾松』さんについては私もいろいろ噂は聞きますよ。商売敵の料亭が『あれはウソだ!』と言っていたこともある。実際、あんまり突っ込まれると先方も困るんじゃないでしょうか」

驚いたことに、事実かどうかわからないようなことを検定の問題として取り上げているというのだ。ちなみに、この本の著者である武庫川女子大学の森谷尅久教授にもコンタクトをとってみたのだが、「ノーコメント」の一言だった。あまり触れられたくないようだ。

はぁ??????

一般的に主流であるという程度の認識で、『桂小五郎こと木戸孝允の妻となった松子が住んだ料亭幾松』と載せています。だと???

京都商工会議所検定事務センター 西川課長経由で確認した時とは違うんだね。

幾松 (いくまつ IKUMATSU)No25

当該部分を執筆された先生に確認しましたが、長州藩控屋敷が存在し当該施設がその跡地であり、明治19年に幾松が亡くなった事は史実として確認されています。しかし現施設で幾松が亡くなったかどうかについては、様々な説があるので再度確認したいと思います。

「長州藩控屋敷が存在し当該施設がその跡地であり、明治19年に幾松が亡くなった事は史実として確認されています。」が、「一般的に主流であるという程度の認識」と突然変るってのは、実際、あんまり突っ込まれると淡交社が困るって事でしょ。

っで森谷尅久教授もだんまり決め込むのかい。

著者の森谷尅久氏ってのは、「武庫川女子大学生活環境学部情報メディア学科 教授」で「大津史編纂委員」「京都市史編纂所員」「京都市歴史資料館の初代館長」「平安建都1200年記念協会常任理事」なんかも歴任している。

つうことは、森谷尅久氏の歴史認識ってのは、「一般的に主流であるという程度の認識」だったって事ですか?

京都商工会議所検定事務センターが「京都検定は正式には『京都・観光文化検定試験』の事であり、確かに歴史については正確であるほうが望ましいですが、決して歴史検定ではありませんので。もっと言えば794年に平安京が開かれたとされていますが、果たして793年でも無く795年でも無い、794年と断定できる正確な資料がどれほどあるのでしょう?」ってな発言していたとしても、「京都市史編纂所員」「京都市歴史資料館の初代館長」まで務めた方が「一般的に主流であるという程度の認識」なのに、「史実として確認されています。」ってウソついてまで公式テキストブック出すってのは問題無いのかね。

完全に逃げにまわってるな…。(w

次に、幕末維新研究の第一人者であり、京都にある「霊山歴史館」学芸課長を務める木村幸比古氏に取材してみると、

「長州藩の控え屋敷があの一帯のどこかにあったのは確かです。しかし、桂小五郎と幾松が厳密にどこで会っていたのかについては、証拠は存在しません。三本木周辺なんでしょうが、すべては想像の域を超えていない。“○○ゆかりの地"なんて、ほとんど言ったもん勝ちの世界なんですよ」

~中略~

「確たる証拠がないからと言って、すべての逸話や伝承を否定してしまうと、歴史はロマンのない無味乾燥なものになってしまう。『幾松』さんの件については肯定も否定もしませんが、そういう話があってもいいんじゃないかとは思いますね」

はぁ???

長州藩の控え屋敷があの一帯のどこかにあったのは確かです。又適当な事を…。証拠でもお持ちなんですかね。もし確かであるなら歴史的な大発見ですよ。確かに桂小五郎の住居はあの辺りにありましたよ。それを証明できるものも見つかっています。でも場所は未だ特定できませんが。想像の粋を超えていない話を、さも見てきた事実であるかのように話しているのは、どこのどなたさんですかね。

京都能率協会

激しく、強く、華麗に生きた維新の華―幾松(木戸松子)―(リンク先は .doc ファイルです)

  • 平成15年11月20日木 18:00~21:00
  • 料亭旅館・幾松(中京区木屋町通御池上る)

●明治維新の立役者、木戸孝允の妻であった幾松。激しい気性と強い信念で桂小五郎(木戸孝允)を支え、その美貌をして鹿鳴館のヒロインとしても活躍した彼女の生涯と、幕末・明治の意味を二人の寓居跡といわれる「幾松」を会場に考えていきます。

●料亭旅館幾松は長州藩控屋敷(明治維新の参謀本部)になっていました。このため近藤勇をはじめとする新撰組に何度も斬り込みをかけられました。当時の部屋が今尚残っています。

  • 会費32,000円(御料理・飲物代込)
  • コーディネーター■ 森谷 尅久氏 (武庫川女子大学教授)
  • パネリスト■ 木村 幸比古氏 (霊山博物館学芸課長) 幾松女将
  • 料理■ 会席料理
  • スケジュール■ 18:00~19:00 シンポジウム 19:00~21:00 宴
  • 協力■ アサヒビール㈱ 月桂冠㈱
  • 定員■ 限定50名
  • 申込期限■ 9月18日(木)~11月12日(水)

森谷 尅久氏&木村 幸比古氏のコンビでこんなシンポジウムまで開催していて、しかも逸話や伝承では無く、あたかも史実であるかのような宣伝文句。これもロマンってやつの為に、不本意ながら参加したとでも?

第一、ロマンの話をしているんじゃなくて、史実の話をしてるんだけどね。これまで木村氏が史実として講演してきたのは、全てロマンって事かい?出版してきた著作物に書かれている歴史・史実も逸話や伝承レベルの確たる証拠が無いロマン話なのかい?

今さら逃げてるんじゃねえよ。幕末維新研究の第一人者・霊山歴史館学芸課長って肩書きがあるから多くの人が信用し、幾松を利用するきっかけになっているんだろ。捏造の片棒担いでいるって言われても仕方無いんじゃ無いのか?

それまで現幾松を所有しそこで生活していた人がいるってのは想像でも無く事実。その人たちが「当時のまま残っているのは襖の金具くらいで、あとはすっかり改装されている。」って証言しているのも、ロマンってやつで片付けるのかね。

証拠は“ある"??

さて、これらの意見に対して、「幾松」側はどう思っているのだろうか。直接旅館に電話をしてみると、広報担当である久保専務が取材に応じてくれた。

「世間ではいろいろ言っているようですが、証拠ならあります。幾松本人が写った写真があるのです。これを見れば、この写真がうちの館内で撮影されていることがはっきりわかります」

アホらし…。

川端龍子作の幾松肖像画ってのも偽物なんだし(幾松 (いくまつ IKUMATSU)No6参照)、適当な写真でも今作ってるのかね。ってか「当時のまま残っているのは襖の金具くらい」って状態なのに、どうやって館内で撮影されていることがはっきりわかるんだろう。

なんと! そのような写真が存在するとは……。だったら、最初からそれを出しておけば抗議も起きなかったのでは? というより、その写真、歴史的大発見じゃないですか? とにかく我々編集部としても真実が知りたいので、その写真を見せてくれるようにお願いしてみた。すると、

「いや、それはちょっと……」

と、歯切れの悪い回答。むむ……なにか都合の悪いことでもあるのだろうか? 結局、話をはぐらかされてしまい、写真を見せてもらうことはできなかった。なんとも腑に落ちない対応だ。

ナイスツッコミ!(w

出せるわけ無いやん。そんなもの存在しないんだし、適当に言ってるだけなんだから。仮にそれらしい写真があったとしても、偽物の肖像画展示しているところが、どうやって「幾松本人が写った写真」と判断できるのかね。ロマン好きな先生に鑑定してもらうのかな?(w

話を総合してみると、「幾松」の主張を裏付けるような証拠は、今のところ見つかっていないようだ。にもかかわらず、旅行情報サイトやテレビ番組などが、旅館側の言い分をよく調べもせずに流布してしまったせいで、あたかも史実のように世間で認知されてしまっている、というのが実情らしい。

幾松から提出された資料を、ろくに検証もせず鵜呑みにして掲載する。問合せがくれば「***が掲載しているから信用できます」「クライアントを信用してます」で済ます大手企業やメディア。そればかりか行政までもそれを信用し「事実では無いと証明できれば掲載を取り止めます」なんて事を平気で言う。

世間で認知されただけで無く、相場よりかなり高い料金でも、そこに歴史・史実って付加価値を求めて利用している人が多いんだわ。ある意味詐欺じゃ無いのか?結婚式場で式を挙げた人もいるんだから、一生一度(とは限らないけど)の晴れの舞台を汚された人もいるんだわ。いったいどう釈明するんだろうね。それにそれまでそこで生活していた人や関係していた人の歴史を全て否定している。現在生きているその家族は、この世に存在しないとでも言うのか?

それであれほど有名になってしまうのだから、木村氏の言うように、まさに“言ったもん勝ち"の世界である。

言ったもん勝ちの後押ししてる木村氏が言うのだから確実だわな。(w

それにしても心配なのは、万が一「幾松」の主張が否定されるような新たな証拠が発見されたときのことだ。各メディアが、手の平を返したように「歴史捏造!」「詐欺旅館!」と騒ぎ立てる姿が目に浮かぶようである。

そら仕方無いっしょ。

あたかも史実であるかのように宣伝し商売してきたんだから。それにまわりは既に逃げの体制だから。

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