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観光偽装疑惑 平成の「寺田屋騒動」

Category : 歴史

今日、賑わった寺田屋の件。


【ここから続き】

各紙の報道は最下部に紹介するとして、事の発端は週刊ポスト9月12日号グラビアでタイトル記事が掲載された事。記事の最後で京都市産業観光局観光企画課へ問い合わせたところ、「建て替え云々って話は初めて聞いた。調査する。」ってな返答が載っている。

でもって歴史資料館に残る資料で確認するってな記事も新聞では紹介されてるけど、その歴史資料館が運営している「フィールド・ミュージアム京都」のいしぶみデータベースでは次のようにちゃんと書かれてるんですけど。

フィールド・ミュージアム京都

寺田屋

寺田屋は伏見の船宿。文久2(1862)年4月23日,薩摩藩急進派有馬新七(1825~62)以下35名が関白九条尚忠(1798~1871)と京都所司代の殺害を計画して集結した。薩摩藩は藩士を鎮圧に向かわせたが両者乱闘となり,有馬以下9名が死亡した(寺田屋騒動)。慶応2(1866)年正月21日坂本龍馬(1835~67)も伏見奉行所の捕方に襲われたが,難を逃れた。この石標は,度々維新史の舞台となった寺田屋を示すものである。寺田屋は鳥羽伏見の戦に罹災し,現在の建物はその後再建したものである。

寺田屋は鳥羽伏見の戦に罹災し,現在の建物はその後再建したものである。

まっね、歴史捏造が何であれ明らかにされるのは嬉しいけど、建て替えの有無、どちらにしても問題でてくるし後が大変だわな。っで調査が「観光客に誤解を与える」って事が理由になるのなら、他にも調査すべき施設はいっぱいあるしね。当然幾松なんかは一番に調べて明らかにしてもらわないと。

しかし、まじで大変だぞ。

商工会議所、大手新聞をはじめとするメディア、旅行代理店、当然京都市なんかがこれまで主張してきた事を訂正する必要がでてくるし、歴史検定なんかにも影響出るよな。まっ歴史検定は史実とは関係無い検定って主催者が認めてるし関係無いか。(w

あっそだ、中村先生ブログで「匿名を希望した「郷土史家」は僕ではない」って記事をアップされてますね。「週刊ポストの記事について

共同通信

幕末当時の「寺田屋」? 京都市が確認調査

幕末の薩摩藩の内紛「寺田屋騒動」や坂本竜馬襲撃事件の舞台とされ、現在も旅館として続いている京都市伏見区の「寺田屋」について市は3日、幕末当時の建物かどうか疑問が指摘されたため、確認調査を始めたと明らかにした。

寺田屋は1868年の鳥羽・伏見の戦いで焼失したとの説がある一方、寺田屋を経営する会社は「戦いで被災したが建物は幕末当時からのもの」と説明。

現在、寺田屋には坂本竜馬が愛用していた部屋や、刀や銃弾による傷の展示があり、竜馬ファンなど多くの観光客が見学に訪れている。

調査は市歴史資料館が担当し文献などを点検中。市は観光案内のホームページに掲載していた現在の寺田屋の写真と紹介文を削除した。

市観光企画課は「当時の建物でないのであれば、観光客に誤解を与えるので、展示方法などの是正を求めたい」としている。

【共同通信】

読売新聞

寺田屋は建て替え?京都市がHPから削除…旅館側は反論

建て替えられた可能性があるとして京都市が調査を始めた寺田屋=竹田昌司撮影 幕末の志士・坂本龍馬が襲撃されるなど歴史の舞台となった京都市伏見区の旅館「寺田屋」が当時の建物ではない可能性があるとして、京都市は観光案内のホームページから削除し、経緯について調査を始めた。

旅館側は「当時のままだ」と主張している。

寺田屋は、薩摩藩内の同士討ちが起きた1862年の寺田屋騒動や、66年の龍馬の暗殺未遂事件で有名。建物の柱には弾痕や刀傷が残り、旅館側は「維新の舞台そのまま」と解説するテープを流している。

しかし、市が専門家に確認したところ、「鳥羽伏見の戦い(68年)で焼けた」との説があることが判明。市は「文献などを調べ、事実と違う点が見つかれば是正を求める」としている。

(2008年9月3日13時23分 読売新聞)

産経ニュース

「寺田屋」は再建かどうか 京都市が調査へ

2008.9.2 23:45

消された市ホームページの寺田屋の紹介文(復元) 幕末の「寺田屋事件」の舞台とされ、現在も旅館として続く「寺田屋」(京都市伏見区)が後に再建された建物の可能性があるとして、同市が事実確認の調査を始めたことが2日、分かった。旅館側は「当時のままの建物」とうたっているが、本物は維新前夜の「鳥羽伏見の戦い」で焼失したと専門家は指摘しており、市はすでに観光案内のホームページから寺田屋を削除した。

寺田屋は薩摩藩内の路線対立から藩士同士が切り合った文久2(1862)年の寺田屋事件の舞台となり、4年後に起きた坂本龍馬の暗殺未遂事件では入浴中だった旅館の養女、お龍(後の龍馬の妻)が裸のまま2階に駆け上がり、龍馬を逃した有名なエピソードがある。

今の建物には柱などには弾痕や切り合った際の刀傷などが残されており、観光客向けに館内で流している解説テープでも「維新の舞台となった当時の船宿そのまま」としている。

これに対して、建物東側の庭には寺田屋が過去にこの位置にあったことを示す「寺田屋遺址」と書かれた碑もあるほか、龍馬の史実を研究する専門家らは「多くの資料から現在の建物は明治後期に建てられたとされている」と指摘している。

このため、市は「真偽を確認する必要がある」と判断。寺田屋を現在経営する業者に問い合わせたところ、「幕末当時からの船宿と認識している。もし当時のものではないと判明した場合はすぐに是正する」との回答があったという。

市観光企画課は「もし観光客向けの説明と事実が異なるとすれば非常に遺憾。速やかに是正してもらう」としている。

京都新聞

伏見の「寺田屋」を調査 京都市 幕末の建物か確認

幕末の1862年に起きた「寺田屋騒動」の舞台とされている京都市伏見区南浜町の旅館「寺田屋」に対し、市は2日、実際に騒動が起きた当時の建物かどうかを確認し、当時の建物でないと判明した場合、展示方法などの是正を求める方針を決めた。

寺田屋は柱の刀傷や弾痕などを騒動時から残るものとして展示しているが、一部報道で当時の建物ではないとの指摘があったため、市は同日までに、寺田屋に調査の方針を伝え、インターネット上の市観光文化情報システムのページから「寺田屋」の項目を削除した。

1963年に現在の寺田屋東側に立てられた市の観光案内駒札は「寺田屋騒動址」としており、地元では当時の寺田屋の建物は焼失したとの説もある。

市産業観光局は「史実を確認し、観光客に誤解を与える内容があれば早急に改善を求めたい」として、市歴史資料館に残る資料などを基に点検する。

寺田屋を運営する会社では「当時の建物ではないという指摘はこれまでも受けているが、いろいろな解釈がある」とした上で、「公共性の高い建物であり、精査して直すべきところは直したい」としている。

コメント

幾松???どうでもええがな。
あんな店、仲居さんの態度は悪いし、そのうちつぶれるさ。
寺田屋はなんとなくあやしいなぁ。
寺田屋の真偽をただすことが先だと思うがいかがか?

  • 2008/09/07(日) 17:50:42 |
  • URL |
  • 西川みねんこ #-
  • [ 編集 ]

本当の平成寺田屋騒動とは

以下ダーティな寺田屋話です。
現在、観光偽装疑惑として問題視されている寺田屋は、知る人は知るにせよ、江戸幕末期伏見の寺田屋ではなく本当は、現在の東隣りにあった事はあまり知られていません。今の建物は薩摩藩の援助等もあり、明治になってからの再建で、その雰囲気を今に残す観光建造物となっています。
尤も、見る人が見ればこの建物は、明治時代の特徴的な建造物だそうで、だからこそ寺田屋は史跡というだけであり、文化財指定の認定にすらなりません。
寺田屋は、古くは地元ではお化け屋敷とまで言われていた時代から、昭和30年代頃まで学生下宿の時を経て、無縁の地主S氏から水道設備業T氏に売買されました。
昭和37~8年代にその新地主T氏から、元警察官だった故安達清氏が第14代安達伊助として、土地建物賃貸契約を結び寺田屋経営に乗り出し、その逝去まで功績功罪を含め、今日に至って寺田屋を有名ならしめて来ました。
その際に、安達清氏の要請で南新地の大工・前田棟梁が、大原辺りの解体された旧家から運んで来て据え設置したのが、お龍注進で有名な今のあの風呂です。(現在出入りの設備会社T氏も知る暗黙の事実談です)
その逝去後に起こったのが正に平成寺田屋騒動です。
すぐ近くに自営業を営む、伊助(安達清)実子の長男S氏を寄せ付けず、知らせもせずにことごとくに人々へは悪者だと言い続け、寺田屋出入りの若いファンKを伊助の遺言だ、と葬儀委員長に据え、自らの味方ばかりで葬儀を行いました。その葬儀費用400万余りは、後日遺族に返還させた額から判りましたが、勝手に流用していたのです。
それはおかしい、と以下を龍馬ファンに配信メッセージメールを送りました。
以下続く。

  • 2008/09/09(火) 07:34:26 |
  • URL |
  • 坂本伊三郎 #-
  • [ 編集 ]

本当の平成寺田屋騒動とは 2

続き
『NHKの幕末ドラマも終わり.平静を取戻した観の京都は伏見の寺田屋。
と言えば坂本龍馬で有名だが.心ある歴史通は.檄討死した薩摩藩士同志討ち事件を想う。
さてここに.平成の寺田屋騒動事件が起こって久しい。
事は当主14代寺田屋伊助こと安達清氏逝去(2003/10/26/86歳)に始まる。
「おいでよ.おいでやす.ここは伏見の里よ」(寺田屋小唄)と.その40年余りの人生を観光誘致に注ぎ.今の寺田屋繁栄を築いたその当主の終焉は.遺族に知らされず.喪主なしの寂しいものだった。
「知らせると取られる.私のもの」と言う血縁も住民票もない女性管理使用人I・Y氏による.身勝手な遺産流用の悪意があった。
「使用管理人」「権利ない人間」と言うなら.近隣居住の遺族に相談決裁を仰ぐのが筋である。
金銭の引継ぎ報告もせず.全て寄付として取り込み.借金まみれの現経営者に勝手に移譲し.拝観料を渡す事に歴史顕彰の責務はない。
寺田屋存在は.歴史は現代である事の現代の歴史であろう。
憂うる。夢を抱き.ロマンを語る全国の龍馬ファンが可哀相ではないか。
西に故郷土佐の墓石問題.東に龍馬第二の家郷と言う寺田屋騒動.醜さは時代なのか。龍馬精神.顕彰が現代に生きる事の歴史的意義をここに問いたい。』(04/2/15配信)
まだまだありますが、聞きたいですか。
以下、余談。
龍馬暗殺(謀殺か)の場面で、十津川郷士の名刺が小道具に出て来ますが、その名前はさて誰でしょう。
実は名前を使われた人物の子孫が、立派な広報会誌で語られています。その理事に名を連ねていた司馬遼太郎氏は知悉していても、あえて通説通りにして小説には書かなかった、と思われてなりません。
名を使われた十津川郷士は当時獄舎にいましたから、まさか自分の名が利用されたとは思わなかったでしょう。
獄舎から出たその郷士は、前述の会誌発行の始祖の娘婿となり、ほどなくして亡くなりました。
と云う蛇足の龍馬暗殺余話でした。
付記
週ポの意図は観光偽装疑惑にある様です。
いずれ幾松旅館も太田真三氏のカメラにとらえられるでしょう。

  • 2008/09/09(火) 08:00:16 |
  • URL |
  • 坂本伊三郎 #-
  • [ 編集 ]

司馬遼太郎氏が竜馬と龍馬の違いを認識した様に、龍馬と云う実在の歴史存在の歴史顕彰には、事実と真実を追う努力しかないだけに、観光偽装疑惑も歴史偽装疑惑もやはり問われてしかるべしだろう。
いやそれよりもです、14代伊助当主が逝って既に早や5年以来、寺田屋館内に死者の解説テープを垂れ流して、営業権の切れた無許可営業を続けるのは、偽装疑惑以上に悪質な観光偽装です。
朝食付きなら衛生保健上も法的に問題ありですよ。
今も泊まれる維新宿とは云うものの、実質は客を選んで勝手に無許可で泊めているのですから。
偽装疑惑に関係なく、上手く取り入って泊まれる事を自慢にする偽善的にせ龍馬ファンもいます。
ちなみに興味ある方は、宿泊を申し込んで見ては如何?。泊まれるなら無許可営業で、泊まれなければガイドブックにある「今も泊まれるは」は嘘です。
いやあともかくも、もうむちゃくちゃな話です。観光客ってかわいそうですね。ましてや龍馬ファンはそれ以上にかわいそうでなりません。

  • 2008/09/12(金) 06:59:37 |
  • URL |
  • 名無しの権兵衛さん #-
  • [ 編集 ]

京都の恥

ほんまに 京都市もいち早く是正してもらわないと・・

  • 2008/09/16(火) 22:39:00 |
  • URL |
  • taratine no baba #-
  • [ 編集 ]

他にもいろいろあるんと違いまっしゃろか?
このような野放し状態では 他にもあるように思われてきますよって。あっちこっちの駒札だのパンフレットだの詳しくチェックしてもらわへんと。どこの機関の役割なんでっしゃろか・・・。

  • 2008/09/16(火) 23:01:42 |
  • URL |
  • taratine no baba #-
  • [ 編集 ]

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幕末維新の志士の活躍の場 2度の寺田屋事件で有名な寺田屋さんです。 寺田屋は鳥羽伏見の戦いで焼失したかも? 現存の建物は建て替えじゃないの? と、疑惑が浮上し京都市がHPから削除したそうです。 本当に建て替えだったら刀傷等は、どうして付いたのか、誰がつけたの...

  • 2008/09/15(月) 08:25:39 |
  • ○▲□凸凹形が違うから世の中面白いのです
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