AX

よっぱ、酔っぱ。ただの酒飲みでよっぱなヲイラの戯言です。

スポンサーサイト

Category : スポンサー広告

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

リップサービス

Category : 幾松 (いくまつ IKUMATSU)

前回のエントリーで紹介した中村先生の当該記事が、何時の間にか加筆修正されている。


【ここから続き】

2008年11月17日 15:44:41 グーグルキャッシュから

「幾松」の評価を再検討すべきと知る

多数の調査資料も拝見した。

~中略~

もちろん今後の案内の仕方には、改めるべきところがあるとは思うが。

キャッシュが更新されるのでキャプチャー画像を。

上記部分が下記のように加筆修正されている。この他にも言葉順を変更した部分はあるがそこはこの際置いておく。

2008年11月18日 17:46に記録された魚拓

「幾松」の評価を再検討すべきと知る

多数の調査資料も拝見した。週刊ポストの記事以後、若女将の義妹さんなども協力されての成果という。

~中略~

明治以後の「事実」が、いつの頃か幕末期のはなしに転じ(これは「幾松」開業以前であることは確実)、それを信じた「幾松」が御客にわかりやすく伝えたいというリップサービスから、誤って事実でない可能性の高いことを述べてきたと理解している。

少なくとも営利のため、まったくなかった話を「幾松」が創出したというのは事実無根だということははっきり申し上げておきたい。

もちろん「桂小五郎幾松寓居趾」標石の移動(最悪、撤去)も含めて、今後の案内の仕方には、改めるべきところがあるとは思うが。

ちょいと理解できないのだが、「「幾松」開業以前であることは確実」ってのは、幾松創業以前に現在の様々な捏造話の元が存在していたって事なんだろうか。

又「まったくなかった話を「幾松」が創出したというのは事実無根」とあるが、では創業が明治23年ってウソは誰が創出したんだろう。同時に龍子記念館が「龍子の描いたものでは無い」と鑑定した川端龍子の肖像画や、長持は一体いつ幾松の施設に出現したんだろう。長州藩控え屋敷であったとか参謀本部であったとか、更には新撰組の襲撃に備えたからくり屋敷だったとか…。柱を古く見せる為に醤油につけているといった出入大工の話はどう説明するというのか。全て幾松以外の誰かが創出したという裏付けが取れているのなら是非お聞きしたいと思う。

前地権者はいずれもそんなものが無かった事を証言している。仮に「営利のため」との意味合いでしか無いとしても、施設を利用する客に説明したり、メディアの取材で発言したりしてきた事は、営利目的では無いと言うのだろうか。

JTB を始めとする多くの企業は、幾松から提出された資料のまま掲載していると言っているんだから、幾松は非営利の目的で施設の宣伝をしているなんておかしな話になってしまう。第一週間ポスト以降の調査で"妥当"と判断できる成果を出せるのであれば、これまで数十年間何をしてきたのだろう。その間言いつづけて来たことは調査せずに言い続けてきたことなのか?

中村先生がはっきりさせると言われるのは自由だが、ならば「事実無根」と断言する際はそれ相応の資料・事実を元に発言するべきじゃ無いのかな。ちょいと焦り過ぎにしか思え無い。

偽装問題が少しずつ広まると、全て前地権者から聞いたと責任を押し付ける幾松の言葉を鵜呑みにされているのだろうか。地元地域には前地権者が幾松のウソを快く思わず怒っておられた事を実際に見聞きした方が今でもおられるのだから、前地権者が幾松に伝えたなんて事は有り得ない。

碑については前回のエントリーをご覧になったのかどうかは定かで無いが、仮に現施設が幾松終焉の地であったとしても適切では無い碑文であり、建立の経緯も確かで無いものであれば、撤去は最悪では無く当然の事だと感じる。

再度全文を確認してみると、中村先生の見解は次にようになる。

  • 幾松現施設は幕末の「桂小五郎幾松寓居趾」の可能性は低いが、維新後の「木戸孝允と松子夫妻」居住地、あるいは孝允没後の、木戸松子終焉地である可能性は高い。
  • 長持ちに桂小五郎が入り、幾松の機転で近藤勇の追捕から免れたというエピソードは信じていない。
  • これまでヲイラやポスト・サイゾーがウソ・疑惑・偽装と書いてきた事は、誰かから聞いた話を誤解しリップサービスで述べた話なので、ウソ・疑惑・偽装にはあたらない。

100歩譲って木戸松子終焉地であるのかも知れない。新聞記事に記載された幾松の住所を特定できる新たな史料が発見されたのなら、それは素晴らしい事だと思う。「兵部大輔大村益次郎公遺址」碑文の真偽や、維新の史蹟「大村益次郎殉難の碑」解説の真偽等も一気に解決するわけだから。

しかし、それとこれまで幾松がさも事実であるかのように言い続けてきたことは別だろう。

維新を語る会さんが幾松の子孫さんから託されている様々な資料の分析を急いでもらうよう連絡してみますわ。子孫しか知り得ない・持ち得ない数々の資料や、地元の方でしかわからない情報なんかは、どんなにがんばってもポスト以降の調査で出した成果を上回ると思うから。

コメント

コメントの投稿

  • 投稿前に必ずお読みください。「はじめに-コメント
  • スパムが激増しているためコメントは承認制にしております。
  • 承認までコメントは表示されません。

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://yoppa.blog2.fc2.com/tb.php/550-8f0e7544
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。