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碑の保存。

Category : 歴史

木村武仁 さんへのレスとタイミング良くかぶった。


【ここから続き】

Kyoto Shimbun 2009年11月5日(木)

「大極殿阯」石碑、20年横倒し 木津川・恭仁宮跡

京都府木津川市加茂町例幣の恭仁宮跡に、20年近く横倒しになったままの石碑がある。西陣の織物商が昭和初期に設置し、「大極殿阯」と記されているが、同宮跡の異なる場所にあったためいったん撤去。移設する際に文化庁が反対したため行き場を失ったといい、観光客にも気付かれぬまま草に埋もれている。

歴史地理史学者の中村武生さん(42)=京都市伏見区=によると、倒れているのは上京区の「西陣碑」などと同じく1920年代に設置された「三宅安兵衛遺志碑」の一つ。遺志碑は西陣の織物商三宅安兵衛が「京都の公利公益に使用せよ」と残した資金を元に、息子の清治郎が京都市内や山城地域一帯の約400カ所に設置したという。

石碑の「高さ」は約1・8メートル。木津川市教委によると、大極殿跡から南東約80メートルの山城国分寺塔跡前に29(昭和4)年に建てられた。戦後、研究者らから「場所が違う」という指摘が続いたため、土地の所有者が91年ごろに撤去。大極殿跡に移設することが検討されたが、当時は文化庁に「史跡跡に建てるべきではない」と反対され、そのまま放置されてきたという。

中村さんは「石碑は、周囲に価値を知らせることで史跡を守ってきた功労者。特に遺志碑はそれ自体が文化財と言え、まとまった形で保護していく必要がある」と訴える。

史跡を管理する同市教委は「最近は文化庁の方針も変わり、再建は可能」と話す一方で、「石碑も含め市の所有でなく、勝手に進められない」といい、遺志碑が再び旅人の道しるべになる見通しは立っていない。

木村武仁 さんへのレス

今回紹介されている碑だって所有権が明確で無いものばかりですし、民地に建立されているものがほとんどです。地権者の判断で明日廃棄されても誰も文句は言えませんし、それを止める術はお願いしかありません。マップで紹介された碑が次々と廃棄されたとしたら、「えっ?紹介よりも保存に力をいれるべきでしょ。」と思うのでは無いでしょうか。

って事ですわ。

紹介されている碑以外にも、川端丸太町にあった「梁川星巌邸址」の碑は、マンション建設のために引き抜かれて入口付近に放置されている。若干欠けている部分もあるようだし。建立は大正5年(1916年)だから、紹介された碑より古いもの。

フィールドミュージアム「梁川星巌邸址」

大垣にある梁川星巌顕彰会が大阪の地権者へ働きかけ、竣工時元の状態に戻すよう確約を得ているらしい。

せめて京都市教育会(教育委員会とは別)が建立した碑ぐらいは京都市の所有とし保存すべきでは無いかな。もちろん民地を借りているという状態だから、現在の地権者と何らかの話し合いは必要だし、場合によっては賃料って話になるかもしれない。それであっても対策を講じるべきだと思う。

まっ保護が必要って部分では中村氏と同じ考えなんだけど、幾松の碑のように何時誰が建立したのかもわからないものまで一括りにすべきでは無いと思っているけどね。

碑が建立された場所が史実であるのか、碑文が適切であるのかって問題は確かに残る。行政が所有権を得て賃料を支払うって事になれば、これもお墨付きを与えるって事になるだろうから。

では、どうするのか?

保存に至る経緯をちゃんと説明・公表すればよい。それに建立場所・碑文に疑わしい部分があったとしても、京都市教育会や寺井萬次郎氏が京都というまちの中で重要な位置であった事は確かなんだから、その意味だけでも保存する価値は充分だと思う。三宅安兵衛氏についても同じだろうな。

余談ではあるけれど、社団法人京都市観光協会が発信している会員施設の情報についても、もし会費を徴収しているから施設提供の資料をそのまま使っているのなら、見直す必要があるように感じる。

幾松

コメント

石碑について

京都の石碑については、石碑そのものが重要というより、石碑の内容のその場所が後世に伝える情報として正しい場所にその石碑が建てられているかということの方が重要なように思いました。
つまり石碑そのものの保存には僕は意味がないように思います。
後世に伝えるのは正しい歴史情報、歴史的な真実であって石碑ではないです。
但し、観光客のことを考慮すれば、「観光ガイド」「歴史情報説明板」的なものが付近にあることは非常に便利ですし、いいことだと思います。
この場合、説明板の内容が後日、新たに判明したことがあれば書き直せることが重要です。
東京の場合は区にもよりますが、そういう風にやっているところも見受けられます。
もちろんこの場合でも設置場所の地権者への交渉、ご理解、好意、同意などなどが必要です。
一度、石碑に刻んで設置してしまうと、設置場所、説明内容が誤っている場合に、後日、修正、補足できないのが難点ですよね。
石碑の費用も高額になるのも問題だと思います。

碑のもたらす意義については仰る通りだと思います。ただ京都市教育会・三宅安兵衛の碑に限っては、建立によってもたらされた様々な影響や、京都市教育会・三宅安兵衛の存在・活動までも含め、保存するに値するものと感じています。

仮に移動する場合でも一つの説に頼るのでは無く、様々な説を検証した上で行うべきだと考えています。現在碑や史蹟にある解説板(駒札)の内容についても、誰が監修したのかさえわからない状態であり、駒札に監修者を記する必要は感じませんが、せめて京都市のデータベースでは明らかにするべきでしょうね。

実際のところは行政内でそのような議論・システムが無いままに、観光客誘致への資源として用いられている事が、一番の問題点なのでしょう。

> 説明板の内容が後日、新たに判明したことがあれば書き直せることが重要です。

仰る通りです。

  • 2010/01/19(火) 16:34:23 |
  • URL |
  • naka #upkHALyQ
  • [ 編集 ]

こういう問題こそ

こういう問題こそ地元京都の地方議員の活動目標というような気もしますね。

  • 2010/01/20(水) 10:07:16 |
  • URL |
  • 森重和雄 #-
  • [ 編集 ]

naka

そうですね。議員が自主的に動いてくれればとは思います。しかし実際には歴史、ましてや碑に関心をお持ちの方はほとんどおられないようです。

議員への働きかけは行って行こうと思っています。

  • 2010/01/23(土) 20:05:03 |
  • URL |
  • 名無しの権兵衛さん #upkHALyQ
  • [ 編集 ]

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