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よっぱ、酔っぱ。ただの酒飲みでよっぱなヲイラの戯言です。

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お竜の写真 No5

Category : 歴史

宮川禎一氏の著書「龍馬を読む愉しさ」を読んで。


【ここから続き】

アルバムが中井家から井口家に託された事の"説明"は「(四)中井弘のこと」を読んで理解した。しかし疑問は残る。

龍馬を読む愉しさ

第五章おりょうの写真のこと(三)井口家アルバムのこと

現当主の井口様からこのアルバムが家に伝わった経緯を直接聞いた際、明治時代半ばに中井弘が井口家に託したもののひとつがこのアルバムだと初めて伺った

上記の説明が突然

龍馬を読む愉しさ

第五章おりょうの写真のこと(四)中井弘のこと

中井弘が作ったアルバム

に発展し、中井弘が作ったとする理由が

龍馬を読む愉しさ

第五章おりょうの写真のこと(四)中井弘のこと

井口家の伝承どおり、二冊のアルバムは中井弘が製作した可能性が高いと見なされる。その証拠は写真の横に記入された名前の記述方法にあるのである。

と説明されている。

はて?「アルバムを作る・製作する」という行為は写真横に名前を記述する行為を指すのだろうか。そうであるなら市販の写真集を購入し写真横に何かを記述すれば、それは記述者が製作した写真集って事になるんだろうか。

ヲイラから言わせれば、どんなアルバムにどんな写真を入れるか?を考慮し、実際に写真を入れ保存する行為がアルバムを製作するって事であり、記述する行為だけをもって製作するとは思わない。

宮川氏が現当主の井口氏から確認されたのは「明治時代半ばに中井弘が井口家に託したものが存在し、その中にこのアルバムも含まれていた」という事。つまりはアルバムの元所有者が中井弘であるというだけで、中井弘が誰かから譲り受けた、あるいは完成したアルバム(写真集)を購入しその後所有していた可能性を、否定できる事実は何も確認されていない。にもかかわらず、「中井弘が作ったアルバム」、「中井弘が製作した可能性が高い」とするのは少々拡大解釈のような気がする。

龍馬を読む愉しさ

第五章おりょうの写真のこと(四)中井弘のこと

件の「お竜」写真が唯一の女性の写真だったのである。そのことは一枚しかないこの女性の写真が花街の芸妓などの「美人写真」ではないことを示している。

女性写真が一枚だけであれば「美人写真」であるはずが無いとの推測は一体何を根拠にしているのだろう?では何枚からなら「美人写真」であってもおかしく無いのだろう。

龍馬を読む愉しさ

第五章おりょうの写真のこと(六)古写真のこと-写真師内田九一-

新撰組局長近藤勇のよく知られた座像写真も内田九一の撮影である。

上記は明らかな間違い。これは大阪屋與兵衛の撮影。古くは維新を語る会、最近では森重さんの調査で明らかにされている。

龍馬を読む愉しさ

第五章おりょうの写真のこと(六)古写真のこと-写真師内田九一-

井口家アルバムの写真はオリジナル写真の原板からの焼き増しか、あるいは内田以外の写真師による複写、いわゆる海賊版の可能性が考えられる。維新の元勲や政府高官、学者・軍人などの有名人や役者・芸妓写真などが土産用として東京や横浜などで大量に販売されていたのであろう。

中井弘は写真に写っている本人から直接もらったのではなく、そのような土産写真の中から彼に関係した人物の写真を買い集めたのではなかろうか。

んとね、ちと無理矢理な解釈じゃないかな。写真の人物と何らかの関係があった事を中井がアルバムを製作した根拠としてあげているんだから、普通なら本人あるいは知り合いを通して「写真頂戴(はぁと」って頼むと思うけどね。もちろん全ての人物が「ええよ!」って訳では無いだろうけど、それでも何人かは応じていたんじゃないかな。あくまで中井本人が製作したって前提で考えるから無理矢理あれこれ理屈をこねる必要が生じている気がする。シンプルに土産用の写真なんかを一冊にまとめたアルバムを購入した・譲り受けたって考えるほうが簡単じゃ無いの?でもって土産写真の可能性を認めながら何故か女性の写真だけは除外している。なんとも不思議だ。

龍馬を読む愉しさ

第五章おりょうの写真のこと(七)「お竜」写真の実態

写真を納める枠台紙の左下に鉛筆で縦に「お竜」と記されている。

~略~

現当主の井口氏に確認したが、このアルバムを初めて見た昭和初期には既に「お竜」の文字があった。またそれ以前は祖父新之助の管理が厳しかったので、誰か別人がアルバムに書き入れを行ったとは考えられないということであった。

発見時「お竜」の鉛筆書きが無かったことは前に説明したんだが、発見時鉛筆書きが無かったことを考えれば、その他アルバムの経緯も含め井口氏の証言について再調査するべきではないだろうか。

龍馬を読む愉しさ

第五章おりょうの写真のこと(七)「お竜」写真の実態

この写真の女性は襟の後が広い。いわゆる襟を抜いた状態である。芸妓など玄人の写真だとされる所以である。

確かに襟の抜き方ってのは素人と玄人では、明らかに異なる場合が多い。だが写真の女性が玄人と感じるのは、それだけでは無いと思う。帯の位置や全体の着方、立ち姿等も含め素人ではないだろうと。逆に素人さんがこんな着こなしをするのかな…。先日風俗文化の研究者であり、和装特に花街に詳しい方に写真を見せご意見を伺ったところ「これは明らかに玄人の着方であり素人とは思え無い」との事だった。この写真がお龍さんであるなら、お龍さんは芸妓あるいは玄人と呼ばれる商売をしていたのだろうか?

もちろん撮影の時だけ芸妓あるいは玄人を演じているなんて反論もあるだろうが、全体の雰囲気までも演じる事ができるのなら相当な役者さんだろう。

龍馬を読む愉しさ

第五章おりょうの写真のこと(七)「お竜」写真の実態

しかし芸妓が写真を撮られる際に紬の着物を着るのはおかしい。芸妓はその仕事着である黒くつやつやした絹の着物を着て、裾を長く引いて写るのではないか。この写真の女性の着物は芸妓のそれとは異なるように見える。

これは決め付け過ぎってか思い込みが激し過ぎる。例えは悪いけど「アイドルはトイレに行かない」程度の話でしかない。第一玄人であっても現役芸妓とは限らない。例えば木戸松子。木戸夫人になってから写した写真が何点か存在するが、やはり襟の抜き方や着付け方から玄人であったと感じる。それに芸妓って言葉で一括りにするのはちと危険。花街によって微妙に違うだろうし、時代によっても流行り廃りはある。必ず黒の紋付でなければ写真を撮らないかといえば、そんなこたぁ無いだろ。現在でもお花がかかった際クライアントさんの要望で洋装の場合もある。もちろん正装である黒紋付の場合もある。念のため置屋のお母さんに訊いてみたが「TPO にあわせて考える。撮影であれば『この衣装で』と契約するのだから契約に従うまで。必ず黒の紋付で無ければいけないなんてしきたりは無い」との事だった。

写真の話に戻せば撮影時の経緯がわからない以上、あらゆる可能性を考え順に潰して行かないと。思い込み・決め付けだけで可能性を潰せるのなら、こんな楽なことは無いや。

晩年の写真は襟を詰めて着ていると書かれているけど、詰めているって感じはしないな。抜いているに対して「詰めている」なんだろうけど、それより「ざっくり着てる」ってほうが適切かも。ヲイラ花街の人間でも無いし、ましてや自分で着物着たりもしないんだけど、小さいころから花街のお姐さんやお母さんはよく見てきた。お稽古時の白紺の浴衣姿なんかもね。だから粋な着こなしとか、ざっくりとかはそれなりにわかっているつもり。これについては先述の風俗文化研究者と話した際も感覚の違いは何も無かった。それから言えば宮川氏って花街のお姐さんとか着物の着こなしについてあまりご存知では無いのかな?と思うんだけど…。

(九)の写真比較でも同様に感じる。ぱっと見て一番にわかる髪形に言及されていないのが不思議。髪を結えば目じりなんかは若干高い位置になるし、女優さんの中にはわざと髪の毛を引っ張って若く見せている人もいる。加齢によって目じりが下るのは当然だし、それ以上に髪をおろせば目じりの位置も下る。

でも歳をとってから目が大きくなっているのは解せない。まぶた・目じり共に下ってくるし、目自体も窪んでくる。だのに若いときより目がぱっちりしているってのは何故?晩年の写真から想像すれば若い頃はより目がぱっちりしていたんだろうなと思う。あえて言えば晩年の写真はタヌキ顔、井口家の写真はキツネ顔。

龍馬を読む愉しさ

第五章おりょうの写真のこと(十)女性写真は誰なのか

新出写真裏面に書かれている「たつ」は「龍」の文字を誰かが、例えば写真館の人間が、字面だけ読んでこの女性を「たつ」と認識して記したのではないかと想像する。

ん~~~。これもどうかと。当時の撮影代金が非常に高値であった事は宮川氏も書かれている。維新の元勲や政府高官、学者・軍人などの有名人が利用していた写真館が、写真台紙を見ればどこで撮影したのかが直ぐにわかるのに、そんなやっつけ仕事をするかね?間違いはマイナスの宣伝にしかならないし、信用を落とすことにもなるんだから。「内田九一の写真館はやっつけ仕事の間違いが多々あった」っていう話が伝わっているのなら別だけど。

全体として井口家の証言以外には具体的な根拠が何も無い。全ては推測の域だと感じる。その推測も宮川氏の思い込み・決めつけを基にしているように感じる。でもって井口家の証言自体が再検証しなければいけない状態であるなら…。

ここまで下書きした状態で、数ヶ月放置していた。その間に鑑定書を見る機会があったんだが、正直な感想は「結局は『同一人の可能性がある』で終わっているんだな」と、差異が認められる部分では「美容処理」「撮影角度の差異」「撮影時期の差異」「画質の状況及び撮影時期に過度の差異があるため」ってな言葉が巧みに盛り込まれている感じがしてならない。

同一人物か別人かは未だに判断できないにもかかわらず、至るところで「若き日のお龍」とか「楢崎龍」と紹介し営利目的で使用されているのはにゃんとも。

コメント

井口家について

井口家については先代が亡くなった今となっては、現ご当主に訊いても何もわからないように思います。

  • 2010/08/14(土) 02:48:24 |
  • URL |
  • 森重和雄 #-
  • [ 編集 ]

同感です

「新出写真裏面に書かれている「たつ」は「龍」の文字を誰かが、例えば写真館の人間が、字面だけ読んでこの女性を「たつ」と認識して記したのではないかと想像する。」
こういう何の根拠もない馬鹿な想像をする人の気がしれないですね。

  • 2010/08/14(土) 02:52:43 |
  • URL |
  • 森重和雄 #-
  • [ 編集 ]

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