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よっぱ、酔っぱ。ただの酒飲みでよっぱなヲイラの戯言です。

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幾松 (いくまつ IKUMATSU)

Category : 幾松 (いくまつ IKUMATSU)

「幾松」って単語を見てすぐに桂小五郎の事を思い浮かぶ方は、維新のファンかな?
っで、ヲイラが可哀想だと思うのが、「幾松」って単語を見て旅館「幾松」を思い浮かべる方。
まっあくまでヲイラが勝手に思うだけなんだけどね。

【ここから続き】

まあね。話せばかなり長くなるんだけど、旅館「幾松」が桂小五郎、幾松の寓居跡ってのは「うそ」とは言わないが、それを「真実」だと証明できるものは何も無いです。現状確認できている事実だけで判断すれば、95% うそです。残りの5% は、わからない…です。

創業140年とか、180年とか、そのときによって色々創業年数が変わる店なんですが、幾松の経営者が当該施設を購入したのは昭和32年。それまでは、ファッションスクール(洋裁学校)の持ち物だったし、その前は現在もすぐ近所で経営されている飲食店の持ち物。っでその頃、抜け穴や刀傷なんて、どこにも無かったって皆さん証言されている。

後から刀傷を作ったり、抜け道を作ったり、柱を古くみせるために醤油に漬けた木材を使ったり。って事は、その細工をされた方からの証言。

だって考えても見てよ。東海道五十三次の終点である三条大橋とは、目と鼻の先。周辺は歓楽街。そんなところにわざわざ隠れる?新撰組の襲撃から身を隠したって長持ちの家紋が、全く別の家紋だったり、本来押し入れの中で使う長持ちが、座敷の真中に置いてあったり…。

全てはそこから1KM ほど離れたところにあった、東三本木「料亭大和屋(吉田屋→清輝楼→大和屋)」での出来事。大和屋の前には京都市が駒札も建てていたし、いろいろな文献にも残っている。

【駒札全文】

吉田屋跡

ここは維新史跡の料亭吉田屋の跡である。

幕末のころ、桂小五郎(後の木戸孝允)をはじめとする討幕派の志士たちが密会した場所として知られている。

元治元年(一八六四)蛤御門の変で敗れた長州藩が、その後勢力を挽回しようとして種種秘策をめぐらし京洛に潜伏した。こうした中で乞食に身を装って世の動静を探っていた桂小五郎が勤皇の志士と密会中新撰組に襲われ、幾松(後の松子夫人)の機転で「ドンデン返し」の裏階段を通って地下道に降り鴨の河原へ遁れて事なきをえたと云われている。

この地下道は鴨川の増水による浸水を防ぐため工夫された頑丈な石造で、いまなお昔の面影を偲ぶことができる。

京都市



【京都市観光文化検索システム-木戸孝允-】

幕末・維新の政治家。通称桂小五郎。明治維新三傑の一人。長州藩出身で、吉田松蔭門。坂本龍馬の尽力で西郷隆盛らと薩長連合の盟約に成功、討幕の中心として活躍。維新後は版籍奉還、廃藩置県を推進。上京区土手町通竹屋町上ルの邸宅で没。邸宅跡に立札。また同区東三本木通丸太町上ル大和屋旅館(旧吉田屋)に桂小五郎の隠れ部屋、地下道。妻松子は三本木の元芸妓幾松。墓は東山区、霊山。1833(天保4)~1877(明治10)



大和屋が解体されて駐車場になり駒札も撤去され、言った者勝ち状態で何も事実関係を調べもせず、鵜呑みにするTV局&製作会社、大手旅行代理店を信じて訪れる観光客の可哀想な事…。

長州藩控え屋敷だったんでしょ?
長州藩控え屋敷が存在したって事実はどこにも載っていないよ。

寓居跡だったんでしょ?
その通りに数件の家を所有したって事は、文献でも証明されているけど、それがどこであったのかは、まだ証明されていないってのが歴史研究家の中では有力な説。おおよそ、あの辺りかな?ってところまでは絞込みされているけど、それも現在の幾松とは全く違うところ。

登録有形文化財に指定されたでしょ?
ええ。確かに。でも登録の要件はあくまで建物だけ。そこに幾松云々は全く関係無し。「鴨川河畔に位置する近代の建造物」って事と、夏季、鴨川に床が並ぶ景観が歴史的景観と認められその歴史的景観を構成している一要素だったって事だけです。

【文化庁からの正式な回答】

naka 様
 ご意見、ありがとうございました。
 上木屋町幾松本館東棟、南棟の登録についてですが、この2件の建造物は、「幾松ゆかりの地」として評価して登録するのではなく、「鴨川河畔に位置する近代の建造物」として評価し、登録するものです。今回はたまたま、その建造物の現名称に「幾松」が含まれているというところでございます。
 ご理解のほど、何卒よろしくお願いいたします。

-----------------------------------------
文化庁 E-Mail:webmaster@bunka.go.jp
-----------------------------------------



じゃ、いっぱい古いお店が並んでいるのに、どうして幾松だけが?
そりゃぁ~あ~た。幾松さんから教育委員会に登録有形文化財の審査請求されたからですわ。請求が出されれば、築年数、保存具合に問題がなければ、ほぼ指定は受けられます。
ちなみに幾松さんより古いお店の方に
「審査請求されないんですか?」
って訊いてみました。
「そんなん、京都人なら恥ずかしくて出来ません。もっともっと古いお店、ぎょうさんありますさかい…。」
「なる…。」

書いててあほらしくなってきた…。
そこまでして都合の良い歴史を作りたいかね?


これまで拙ブログでも吉田屋→清輝楼→大和屋って流れであると書いてきたけど、間違いである事が判明したので訂正します。(2009/06/03(水))参照:吉田屋・清輝楼・大和屋

コメント

なはは

>そんなん、京都人なら恥ずかしくて出来ません。

ちょっと、うけた。

  • 2005/05/31(火) 12:27:14 |
  • URL |
  • nako #oslzmmPo
  • [ 編集 ]

いや、京都では3代100年続いて、初めて老舗の仲間入りってのがあるでしょ。つまりは、それぐらいの期間、地域に根ざして健全な経営を続け認められる商売をしなさいって意味なんだけど。

たかだか60年ぐらいで既に6代目までいて、創業180年とか平気で言えるってのは、京都の文化からすれば異文化だからな…。

だから、
「そんなん、京都人なら恥ずかしくて出来ません。」
になったんだと思う。

  • 2005/05/31(火) 13:09:51 |
  • URL |
  • naka #upkHALyQ
  • [ 編集 ]

もちろん

その意味わかってるよ。
でも、その言い方が しゃれてるやん。
ていうかめっちゃ京都人らしい いいかたやなっとおもって
うけたのよ。

さしずめ 大阪なら「恥ずかしくて」というより
「そんな、カッコ悪いことできまっかいな。」 やろか。。

  • 2005/05/31(火) 14:58:55 |
  • URL |
  • nako #oslzmmPo
  • [ 編集 ]

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